伊藤拓郎 個展「Good Luck」に寄せて

 
 伊藤拓郎 個展 「Good Luck」

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伊藤拓郎
金沢美術工芸大学 美術工芸学部 彫刻専攻 三年。
クレイワークという分野に属するが、粘土に捉われず独自の表現に寄り添うように素材を選択している。デスク周りには本が幾十にも重ねられ、彼が文学青年である事が伺える。近頃はエッセイや短編小説を書いていたり、漫才をしたりと美術以外の分野にも深い関心を寄せているようである。


伊藤拓郎 個展 「Good Luck」に寄せて


最近、よくお茶を飲むようになった。というのは私のことである。
自分の部屋(学校の制作室)で飲めば良いのだが私はよく伊藤君のいる部屋(通称クレイ部屋)にお茶をもらいに行く。この「クレイ部屋」にはよく部屋の使用者以外にも誰かが出入りしていて集会所、というか話し場、みたいになっている。私はいつものようにお茶を入れ、もしくは入れてもらって、部屋をぐるーっと見渡す。そうして見るでもない目線を周囲に当てたら、最近の制作状況を伊藤君に尋ねたり、どうでもいいたわいもない出来事について話す。


今展覧会の作品を始めに見た時、伊藤君は仮設置された簡易の小さな机の上で書き始めて何枚目かのTシャツに手をつけるところであった。「よし、書くか。」と言った感じで机の正面に座った彼の姿を暫く見て、「それってシルクスクリーンじゃダメなの?」と、つい茶々を入れてしまった。彼は「みんなそう言うなぁ」と言いながら、変える素振りはないように見えた。だから私はこれは彼のこだわりなのだな、と理解することにした。それからお茶を飲みに顔を出す度に増えていくTシャツを何とは無しに見ていたのだけれど、ある日Tシャツたちはクレイ部屋の部屋の入り口に作られた洋服掛けに並べられていた。それから暫くしてそのTシャツたちは部屋の真ん中にあるクレーンに移動し、そしてまた整然と並べられることになる。
「もう(棚が壊れるから)乗せられなくなっちゃって。」移動させられたTシャツは始め、ぎゅうぎゅうに寄せ集められ、塊のようになっていた。その時もしかしたら初めて私の認識の中にこのTシャツが物質的に現れでたのかもしれない。少し気になって写真を撮った。
それからまた暫くして、中間合評日が訪れた。その時、彼はこんなことを言っていた。


「365枚のTシャツと俺じゃ負ける気がするんですよね。」


後期制作を始める最初のプレゼン(今展覧会の制作は彼の後期制作でもある)で彼は365枚のTシャツを作ろうとしていた。けれど、途中で「365枚のTシャツに負ける」と思ったらしい。私はどういうことだろう?と一瞬思って、それから分からなくもないな、と思い返した。その時私は目の前に並べられた31枚と伊藤君を見比べて、それから整然と並べられる前の、「塊」になったTシャツのことを思った。多分、この程度(31枚のTシャツ)だったなら伊藤君も受け止められるだろう。だけれど365枚のTシャツと伊藤君が戦ったら(?)伊藤君はTシャツの海に埋もれてしまうな。うん、わからなくもない。といった具合だ。あくまで私の妄想である。


「なんで手書きで数字を書くかっていうと、僕じゃなくて普通のサラリーマンや女子高校生が帰ってきて「よし、書くか。」てなって書こうと思えば書けるから。」


私は「いや、急にTシャツに数字書くか、ってならないだろう」と心の中でツッコミを入れたのだけれど、それは逆に言えば伊藤君がサラリーマンや女子高校生のような「普通の人」の中の一人で、変わったことがない日常の一部で、「よし、書くか。」という気持ちで書いているからかもしれない。制作初頭の彼の様子を思い出す。


彼の話を聞いていると明確に定義される言葉の前の「思い」みたいなものが沢山ある気がしてならない。それは時に彼の手から他人に渡った折に少し不思議なズレが起こる。そして作品として彼自身の言葉として時たま覗きみることになる。
私はそんなどこか”ズレ”ている彼の話を聞きながら、何とはなしに「面白いなぁ。」と思ってしまうのだ。お茶を飲みながらクレイ部屋を眺める時のように。
 

2016年12月16日

 

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writer

松村 れん

伊藤くんとは同大学、同専攻、同級生。