岡本孝介個展 特別記事

 
 岡本孝介 個展 忘れた言葉を思い出す。

岡本孝介 個展 忘れた言葉を思い出す。

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artist

岡本孝介。
金沢美術工芸大学 彫刻専攻 3年生。素材選択は先端表現。
「うん」「なんかな」「いや」「まあ」等々、独自の文節を持っているせいか、深みがありつつ、言葉に重みを感じさせない。石を蛍光色に塗り上げて、重さを感じさせまいとする作品の傾向は、作者自身の傾向とリンクしているように思われる。


ものの呼び方



開場前日の6月24日、天気は雨。岡本孝介 個展「忘れた言葉を思い出す。」の搬入、展示の様子を伺いに、油画専攻の友人の車に乗せてもらって、私はKapoに向かった。恥ずかしながら、移転後のKapoを訪れるのは初めてで、友人に、ここがそうだよと言われて、え、ここが、と完全に不意をつかれた。その直前まで、私は持ってきたCanonの一眼レフの充電を確認していた。
野町にあるKapoに到着したのは午後七時頃、一階の展示会場は明かりがついているが、閑散として、岡本は出かけているようだった。正面口から入ると、左奥に銀色の金属の扉があるのが見える。もともと銀行だったと友人が教えてくれた。正面口の脇に、空ビンとか、粘土とかがどっさり、バリケードを張るように置かれている。Kapoに向かっている間、展示はまだこれからだろうなと思っていた。これは私の経験から、何かの展示や、合評の前日は、少し切羽詰まりながら、夜通しの作業になってしまう。それを見越して、前々から準備をしておけと言われれば、もちろんそうなのであるけれど、それでも、前日はどうしても。私もよくやってしまうから気持ちはわかる。更地の会場の静けさはつまりそういうことだろうと私は納得した。

しばらく待っていると岡本がKapoに戻ってきた。黒いTシャツにジーンズ、茶色の靴下に、黒いゴムサンダルを履いている。暗めの落ち着いた印象。
「すまん。見ての通り、まだ一個も展示できてないねん」と言う岡本。
とはいえ展示は明日に迫っている。私と友人は岡本の展示準備を手伝うことになった。床の掃除をしたいということで、水撒きとデッキブラシ、ぞうきんの係に分けて始めたが、もういくつかのデッキブラシと、人手が欲しいということになって、一時、大学に戻って、デッキブラシと水切り数本を勝手に借り、残って制作されていた彫刻の先輩にお願いして、kapoの床掃除を手伝ってもらえることになった。

 展示の前日に会場の床を掃除する。筆者の撮影。

展示の前日に会場の床を掃除する。筆者の撮影。


「なくなったものに歩み寄るっていうか。言葉ってあるやんか。その、大人になるとさ、言葉とか、概念でものを認識しだすんよ。そういうもんがないときって、こうして、ものとか触ってて、それはそれやと思ってるんやけど、だんだんそれでなくなる。なんかな。もう一回、思い出したいんよ。」


 

「忘れた言葉を思い出す。」というフレーズをタイトルから書き出してみる。「忘れた言葉」って何だろうか。
床掃除が終わった後に、岡本は「忘れた言葉」について話した。
「なくなったものに歩み寄るっていうか。
言葉ってあるやんか。その、大人になるとさ、言葉とか、概念でものを認識しだすんよ。そういうもんがないときって、こうして、ものとか触ってて、それはそれやと思ってるんやけど、だんだんそれでなくなる。なんかな。もう一回、思い出したいんよ。」

手伝いのお礼に、岡本が夕飯をご馳走してくれることになって、岡本の徹夜作業はすでに決まっていたから、精をつけたいということで、私たちは近くの回転寿司店に車で向かっていた。
その道中、私は「桜」について考えていた。世の中の、「桜」に対する言葉のイメージや、概念は、幼い頃から刷り込まれて、例えば、春に花見なんか行けば、みんながみんな「綺麗だね」と感嘆している、みたいな。
桜はなにも、私たちを楽しませるために咲くわけではない。桜はそこにあるだけだ。 私が初めて桜を見たとき、もしかしたら恐ろしいと思ったかもしれない。今は簡単に「キレイだ」なんて言ってしまうけれど、初めのうち、あのピンク色の花びらの樹木をどういう言葉で呼んでいたのか、思い出したくなった。

 

2016年6月25日


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writer

伊藤拓郎