so close, yet so far.

 
 遺失物。—ある村なり、町なりが初めて風景の中に遠望されるとき、その眺望が比類を絶するもの、二度とは味わえぬものとなるのは、そこでは遥けさと近さが一分の隙もなく結びついて、共鳴音を響かせているからである。慣れというものの働きは、まだない。  ぼくらがようやくあたりになじみはじめると、家に入れば家の正面が見えなくなるように、僕らの視野から風景はふっと消える。〈中略〉ぼくらがその場所になじむようになってしまえば、あの最初のイメージは、二度とは生み出されえないものになる。  繰り返す日々の中で、要らないものだと捨てたわけでもないのに、目が捉えているはずの風景や、聞こえているはずの街の雑音が気づかないうちに私たちの認識からこぼれ落ちている。 そのような「慣れ」の働きと、無意識のうちの線引きによって失ってしまったものは単に五感による知覚だけではない。物事に一つの輪郭を与え、分別することで私たちはある物事を「それ」と見做すことが可能になる。自律した「それ」はもはや「それ」ではないものと明確な境界線を引き、認識を強めるにつれてその距離は遠ざかっていく。そうして私たちは意識的にしろ、無意識的にしろ、近くにあるものばかりを選び取るようになるのだ。しかし、こうした知覚も概念化された認識も全て、はじめて出会ったすがたはどれも、その瞬間に知覚する全てが密接につながりあったものであり、認識する全てであったはずだ。  会場となる「芸宿」は現在、複数の住人が生活の場として利用しつつ美大生や、周辺の町の人々との交流の場にもなっているアーティストランスペースである。「家」ではなく「宿」としての性格を持ち、絶えず人が行き交う流動的なこの場所のほぼ全てのスペースを使用し、「芸宿」それ自体の構造に作家二人の 作品を接続することで、近づき、遠ざかった日常の知覚や認識の再アクセスを試みる。   拾得物。—いかなる近さにも席を譲らず、また、人が近づいても溶けるように消えてしまうことのない、青い遥けさ。歩み寄ってみれば、横柄に悠長に寝そべってはいられずに、いっそう脅迫的に立ちはだかってきて、ひたすら人を寄せつけまいとする、青い遙けさ。        ヴァルター・ベンヤミン「遺失物取扱所」より  私たちは、一度こぼれ落とし、失くしてしまったからこそもう一度拾うことができるのではないだろうか。

遺失物。—ある村なり、町なりが初めて風景の中に遠望されるとき、その眺望が比類を絶するもの、二度とは味わえぬものとなるのは、そこでは遥けさと近さが一分の隙もなく結びついて、共鳴音を響かせているからである。慣れというものの働きは、まだない。

ぼくらがようやくあたりになじみはじめると、家に入れば家の正面が見えなくなるように、僕らの視野から風景はふっと消える。〈中略〉ぼくらがその場所になじむようになってしまえば、あの最初のイメージは、二度とは生み出されえないものになる。

繰り返す日々の中で、要らないものだと捨てたわけでもないのに、目が捉えているはずの風景や、聞こえているはずの街の雑音が気づかないうちに私たちの認識からこぼれ落ちている。
そのような「慣れ」の働きと、無意識のうちの線引きによって失ってしまったものは単に五感による知覚だけではない。物事に一つの輪郭を与え、分別することで私たちはある物事を「それ」と見做すことが可能になる。自律した「それ」はもはや「それ」ではないものと明確な境界線を引き、認識を強めるにつれてその距離は遠ざかっていく。そうして私たちは意識的にしろ、無意識的にしろ、近くにあるものばかりを選び取るようになるのだ。しかし、こうした知覚も概念化された認識も全て、はじめて出会ったすがたはどれも、その瞬間に知覚する全てが密接につながりあったものであり、認識する全てであったはずだ。

会場となる「芸宿」は現在、複数の住人が生活の場として利用しつつ美大生や、周辺の町の人々との交流の場にもなっているアーティストランスペースである。「家」ではなく「宿」としての性格を持ち、絶えず人が行き交う流動的なこの場所のほぼ全てのスペースを使用し、「芸宿」それ自体の構造に作家二人の
作品を接続することで、近づき、遠ざかった日常の知覚や認識の再アクセスを試みる。


拾得物。—いかなる近さにも席を譲らず、また、人が近づいても溶けるように消えてしまうことのない、青い遥けさ。歩み寄ってみれば、横柄に悠長に寝そべってはいられずに、いっそう脅迫的に立ちはだかってきて、ひたすら人を寄せつけまいとする、青い遙けさ。
       ヴァルター・ベンヤミン「遺失物取扱所」より

私たちは、一度こぼれ落とし、失くしてしまったからこそもう一度拾うことができるのではないだろうか。


とても近くて、けれどもとても遠いこと。
展示作家:今尾拓真 岡本孝介 
キュレーター:マツエリホ
会場:芸宿 ge-Shuku
     石川県金沢市石引1-16-28
会期:2017.1.6 [Fri] 〜 1.20 [Fri] (会期中無休)
開場時間:13:00〜18:00

 

今尾拓真

1992    京都府生まれ
2015    京都市立芸術大学美術学部彫刻専攻卒
2016    共同アトリエSTUDIO GURAにて制作活動

〈最近の展覧会〉
2016    グループ展「京都新鋭作家選抜展」 [京都文化博物館/京都]
          「Open Diagram」[元崇仁小学校/京都]
          「MORPH」 [元立誠小学校/京都]
          「連鎖とまたたき」[ギャラリーフロール/京都]

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岡本孝介

1991    奈良県生まれ
2010    金沢美術工芸大学デザイン科環境デザイン専攻入学
2012    休学
2014    金沢美術工芸大学美術科彫刻専攻 再入学 
2016    現同大学3年

〈最近の展覧会〉
2016    個展「忘れた言葉を思い出す」[Kapo/金沢]
         グループ展「Organ」[問屋町スタジオ/金沢]

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マツエリホ

1994    青森県生まれ
2016    金沢美術工芸大学美術科芸術学専攻3年

〈過去の展覧会〉
2015    グループ展「66.6°展」[香林坊窟/金沢]